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一人ひとりのこだわり
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東南アジア各国で
不動産プロジェクトに着手し、
着実に成功事例を積み上げていきたい

  • SHINSUKE ORIGUCHI折口 信輔
    国際事業本部 アジア事業部
    2006年キャリア入社。以前は半導体メーカーに新卒入社し、営業職として勤務。当社入社後、営業推進本部に配属となり、不動産売買・信託受益権売買の仲介や不動産ファンドへの出資などを担う。2018年10月、社内公募を通じて現部署。2019年5月からフィリピンに短期語学留学。

外資導入で経済成長を図るミャンマーで、
サービスアパートメントを開発中

ー ご自身はキャリア入社なんですね。

はい。前職はグローバルに事業展開する半導体メーカーの営業職でした。日本を代表する電機メーカーを担当し、新製品の開発に対し自社の技術を提供しながら、量産に向けた部品供給を図っていく仕事に就いていました。やりがいのある楽しい仕事でしたが、ある日、違う部署で働く同僚の話を聞いたことが転職を考えるきっかけとなりました。メーカーであるものの、彼は自社の不動産を開発・管理する部署に在籍していたのですが、よくよく話を聞くと、国内・海外問わず支社や工場を増設する度に現地へと飛んで実地調査を始め、マーケットを分析しながら用地を選んで開発を進め、完成後はその運営管理も行っているとのこと。「私の知らない、こんな面白い仕事があったのか」というのが率直な感想でしたが、以来、不動産開発に強い興味を抱くようになりました。そして、当時の職場が品川インターシティであったこともあり、その周辺をあらめて見渡し、思ったんです。「支社や工場など建物一つ開発するだけでもあれほど心躍る話だったのに、このように高層ビルを何棟も建て、他のビルとデッキでつなぎ、人の流れを生み出し街の景色、雰囲気までをも一変させてしまうような開発ともなると、これはもうただごとではない」と。

ー それで、日鉄興和不動産の門を叩いたというわけですね。

当時は合併前で、入社後は主にお客様や自社の所有する不動産や信託受益権の売買などを担っていたのですが、合併してからは、そうした取引は量も規模もどんどんスケールアップし、職務を通じて会社の成長を肌で感じるようになりました。社内にも「もともとある土地の開発に留まることなく、これからは新たに用地を取得して開発していこう」「ビルや住宅だけでなく、新しい分野にも積極的に挑戦していこう」という気運が日増しに高まっていくのが感じられ、つねに会社や業務に期待感を持って働いてこられたことは、転職した身にとっては何よりの幸運でした。そして入社して10年が過ぎる頃には海外事業にも進出するようになり、社内公募があったので私は迷わず手を挙げ、今日へといたります。現在はミャンマーで地下1階、地上12階建ての駐在員向けサービスアパートメントの開発やリーシング業務に従事していますが、ご存じのように彼の国は民主化が果たされて以降、外資導入による経済成長を強力に推し進めています。生産労働人口の割合も増加傾向にあることからポスト・チャイナ、つまり中国に変わる世界の工場の役割も大いに期待できるとあって、ミャンマーに進出する企業の数も増えています。それだけに私たちとしても、本案件を足がかりに同国、さらには周辺国へと着実にビジネスを展開することで、海外事業の地歩を固めていこうと日々の業務にあたっています。

キーパーソンとの強固な信頼関係の構築をめざし、
事実上ゼロから自社独自で開発を推進

ー 国内事業と比べると、海外事業というのはやはり勝手が違うものですか。

違いますね。ことミャンマーにおいては、開発物件のスペックからして国内とは異なります。日本はすでにインフラも整っていますが、ミャンマーはこれからの国。そのため開発を進めているサービスアパートメントも、レストランやジム、スパといった多様な施設、サービスを用意し、施設内で生活が完結できるくらいにしておく必要があります。分かりやすく言えば、長期滞在者向けホテルのようなイメージですね。蛇口をひねると茶色い水が出るような貧弱な社会基盤のうえに、いかにして先進国と同等の暮らしを送れる施設を実現するか、細部まで気が抜けません。それにデベロッパーにとって最大の困難として立ち塞がるのが、現地当局との行政折衝です。許認可一つ取るにしても、そのための書類を作成するにしても、法整備が進んでいない彼の国では行政手続きがスムーズに運ぶことはあまりなく、暗礁に乗り上げる度に担当者と直接、粘り強く交渉していく必要があります。結果、非常に手間と時間を要し、こちらが想定しているスケジュール通りには事が進まず、たとえばコスト管理がそうであるように悩みの種には事欠きません。

ー なかなか一筋縄ではいかないようですが、事業部の皆さんはどのように対処されているのですか。

同業他社は、土地の取得や行政との折衝といった部分をローカル企業に一任することで、海外展開を進めていますが、当社は事実上ゼロから自社独自で開発を推進してきました。現在、私が担当しているリーシングに関しても、日系企業はもちろんのこと、当建物のお客様となる外国企業、そして非日系仲介会社に対しても、私自らが直接アプローチしています。慣れない土地でこうした事業スタイルを貫くことは、短期的に見れば確かに非効率に映るかも知れません。しかし、長期的に見れば自社に知見やノウハウが蓄積され、何より現地当局や現地企業のキーパーソンとの強固な信頼関係の構築へとつながります。それだけに私たちとしても、単に不動産ビジネスによる交流だけでなく、たとえばミャンマー風にデザインされた着物を制作してお披露目会を開いたり、現地大学とロゴコンペティションを共催したり、日本酒の普及活動を進めたりと、ミャンマーという国や国民の皆様との関係構築に意欲的に取り組んでいます。結果として、国内外を問わず不動産開発の最大のハードルともいえる土地の確保において、ミャンマーでは政府との強い信頼関係のもとにヤンゴン市内の保有地情報を提供してもらえるまでとなりました。また、行政協議においても、工業省やヤンゴン地域政府からの強力な後押しをいただけるようになりました。こうした事実は、この国で進めていく今後の開発において、当社の大きなアドバンテージとなっていくはずです。

海外における一連の保有モデルを構築し、
安定した収益構造を確立していく

ー 海外事業について、今後の展望を聞かせてください。

一企業が10年後も20年後も今と変わらず同じ事業をやり続けることは容易ではありません。世の中の情勢は日々移り変わっており、現に今もコロナの影響でミャンマーの案件についても先が見通しにくくなっています。現状、日本をはじめとする各国の駐在員の方々は母国に引き上げており、すぐには現地に戻れない状況ですし、もしかしたら今後は暫くの間、駐在ではなく出張ベースとなっていくかも知れません。いずれにせよ、その動向やマーケットの推移を注視し、変化に対応していくことが私たちには求められているわけですが、ミャンマーの案件に関して言えば、私はまったく悲観していません。なぜなら、環境の変化や時代のニーズに応えるサービスや商品を提供し続けない限りは競合他社に後れを取ると十分に理解してきたからこそ、手間と時間をかけて利害関係者と強固な信頼関係を築き、新しい情報が絶えず入ってくる環境を整備してきたからです。コロナはいずれ収束するでしょうし、グローバル化・ボーダーレス化の流れが止まることはないでしょう。それを踏まえれば、開発のポテンシャルや人口増加が見込める成長著しいアジアへの積極的な展開は当社にとって必須ですし、国際事業本部としてもアジアだけでなく欧米での開発や投資も視野に入れ、これからも積極的に海外進出を手がけていくつもりです。そして最終的には国内不動産と同様、海外における「取得・開発・マネジメント」の一連の保有モデルを構築し、ビル事業や住宅事業に次ぐ第3の安定した収益構造を確立したいと考えています。

ー そうした展望のもと、今、ご自身が思い描いていることとは何でしょう。

ミャンマーに関しては上司が現地に駐在し、私は本社から出張する形で仕事を進めてきましたが、実はそれ以外にもタイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンなど周辺国にも足を伸ばし、不動産事業の可能性を探ってきました。東南アジアというのはユニークなエリアで、国同士の距離が近いにもかかわらず、それぞれの国では経済の成熟度も、それにともなうビジネス環境やニーズも、まったく異なります。それだけに私としては、個人的に各国のお国柄やマーケット、タイミングに応じた小規模プロジェクトを実験的にスタートさせていきたいと思っています。やはり実際に足を突っ込まないことには、現地の正確な情報というものも入ってきませんし、知見やノウハウも蓄えられないからです。そのうえでトライ&エラーを重ね、成功したら資本を投入していきながら、アジアにおける成功事例を着実に積み上げていきたいと考えています。そのためにも、私たちは情熱を持った若い担い手を求めていますし、若手の強みである柔軟な発想と機動力を存分に発揮してもらいたいと期待しています。私自身、自ら手を挙げて現部署に異動したことはお伝えした通りですが、さらに言えば異動後も、英語が必要とされる業務のためにと3ヶ月の短期海外留学もさせてもらいました。こうしたことからも、当社には熱意を持って訴えれば、それを聞き入れサポートしてくれる風土があります。結果として私は、かつて同僚が語り、自らも心躍らせた仕事に就いています。何事も念ずれば通ずる。皆さんとともに海外事業の拡大に、熱い情熱をもって取り組める日が迎えられることを、私も心から楽しみにしています。

  • 手帳と赤ペンは私の必須アイテム。ToDoリストを書き込み、タスクや作業が完了する度に赤線を引いて消しています。一つひとつの業務を精いっぱいやり切った後に赤線で消す作業は何よりの快感。ページを見返して当時を思い出し、マインドセットし直すことも。
  • 体重が増えてきたことを機にボクシングジムに通い始めて、かれこれ7〜8年が過ぎますが、体重はむしろ増えるばかり(笑)。留学先のフィリピンで20歳年下相手のボクサーとスパーリングをしときはボロボロにやられましたが、ボクシングは私にとって最適なストレス発散法です。
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