INTERVIEW 過去参加者の今だから言えるホンネINTERVIEW

インタビュー者名前
菊地 泰智
早稲田大学
商学部

「街に対して責任を持つ」。
社員さんの気概に触れ、
将来の目標が定まった。

この会社は他とは違う。そんな直感に導かれ――

――学生時代に力を入れていたことを教えてください。

大学は商学部で広告のゼミに入っていて、アルバイトにも力を入れていました。アルバイト先は予備校本社の広報部。大学の3年間、ここに勤務してWEBサイトや動画などの制作に携わりました。
ところが、いざ就職となると、自分が進むべき先は広告業界ではないように思えてきたんです。広告代理店は「消費者」というよりも、クライアントである「企業」と対峙して仕事をしているイメージがあって。 一方で、自分の今までの人生を振り返ってみると、根底には、「人の暮らしを支える仕事がしたい」という想いがあるのではないかな、と考えるようになりました。思い起こせば幼少期、父が設計した山奥の防災ダムを見て、 「このダムが人々の暮らしを支えているんだ!」と感動した自分。それならば原点に立ち返り、街や建設に関わる仕事をめざしてみようと考えました。

――そうして建設や不動産関係の業界を見ていくなかで、
日鉄興和不動産のインターンシップに興味を持ったのはなぜだったんでしょう?

きっかけはWEBサイトです。日鉄興和不動産のサイトはデベロッパーのなかでも特に、会社の理念や内定者の声を伝えようという思いが感じられるものだったので。この会社は他とは違う、何かイケてることをやっているんじゃないかと思ったんです。
実際に街づくり体感セミナーの内容も、一般的な実績紹介ではなくて。「過去の再開発事例において、自分たちはどんな思いを持ってそのプロジェクトに取り組んだか」といった、まさに会社の理念を知ることができたので、5Daysインターンシップへの期待が一段と高まりましたね。

本気で考え、妥協せずにつくり上げていく。
強い責任感が胸に響いた。

――就業体験をした部署は、住宅事業本部でしたね?

はい。千駄木や武蔵浦和にあるマンションを見に行ったほか、物件の特性を調査して広告コンセプトを考える課題に取り組んだり、ゼネコンさんとの会議に同席したりと、濃密な時間を過ごすことができました。そうしたなかでも胸に響いたのは、社員さんのこんな言葉です。 「開発担当者が何もしなくても、実は建物自体を建てることはできる。でも本当に良い建物をつくるためには、そこに暮らす人のことを本気で考え、責任を持って考えを形にしていくことが大切なんだ」。関わる物件や街に対して並々ならぬ責任感を持っていた社員さん。 そのマインドに触れたとき、私のめざす理想のデベロッパー像が定まりました。

――菊地さんに付いていたのは、どんな社員だったんですか?

不動産業界は情報が勝負と言われていますが、その社員さんは情報や知識の引き出しが実に豊富な方でした。また、人柄はとても温厚で優しい雰囲気だったんですが、ゼネコンさんとの打ち合わせではストレートに意見を述べられている場面もあって。人が変わるなと、びっくりしたのを覚えています。 「入居されるご家族に快適な暮らしを」という信念があったからこそ、「ディテールの部分でも、なおざりにできない」と考えていたんでしょう。仕事へのこだわりを垣間見た気がしましたね。

日鉄興和不動産のインターンシップには、
「就活のすべて」が凝縮されていたと思う。

――北九州の街づくり見学で印象に残ったことは?

住宅地である桃園地区の開発は、戸建が日陰にならないようマンションを北側に配置して、地区の中央部には広々とした公園を設けるというふうに、心地よい住環境を実現するための配慮が行き届いていました。さらに、街の景観やコミュニティを維持するための管理組織が形成されていた点も印象的でした。 デベロッパーの仕事は通常、物件を売り切ったら終了だと思っていたのですが、日鉄興和不動産はその後もその街が発展し続けていくことを大切に考えていて。「つくった街の未来にまで責任を持つ」というスタンスに感銘し、この会社に入りたいという気持ちがより強くなりましたね。

――日鉄興和不動産のインターンシップは
自分にとってどんな意味を持つ場だったと思いますか?

入社後にどう働いていくかをイメージすることができ、会社の理念を理解し、理想のデベロッパー像も見つかりました。私にとっては「就活のすべて」が凝縮されていたと思います。「人の暮らしを支えたい」という自分の根底にあった想いが具体化し、昇華していくのを感じながら、この会社にどんどんと魅せられていきました。
日鉄興和不動産は最初に直感した通り、同業他社とは一線を画する存在だと思います。単に「建物をつくる」というのではなく、利益ばかりを追い求めることもなく、長期的な視点で地域や社会のためになる街づくりを行っている。このような開発のスタンスは、すべての物件に共通していたと感じています