INTERVIEW 過去参加者の今だから言えるホンネINTERVIEW

インタビュー者名前
村山 栄太
東北大学
経済学部

入社1年目の社員が堂々と発言し、
案件を動かしている。
そんな姿をみて、ここで働きたいと思った。

社会基盤を創りたいという動機から導き出された結論は、
インフラ系ではなく、デベロッパー。

――どのような理由から不動産デベロッパーを志したのですか?

私は「社会基盤をつくり出すことのできる業界」を就活の軸にしていまして。それが最も実現できるのが、総合不動産デベロッパーだと思ったからです。
では、なぜ社会の基盤づくりを志向するようになったのかというと、その始まりは高校時代にさかのぼります。私の高校では当時、携帯電話の持ち込みが禁止されていました。しかし、東日本震災という大きな災害があった後なのに、 家族との連絡もままならないのは不合理だと感じた私は、校則の改正を職員会議の議題に挙げてもらうべく、署名活動を始めました。すると周囲にも応援の輪が広がって、署名の数は全校生徒の過半数に達するほどに。 これが、「自分の取った行動に価値が生まれる」ということを初めて実感できた出来事でした。それから時間が経って、視野を広げて就職先を探す時期に入った頃には、仕事を通じて大きな価値を生み出したいとの思いから 「人や社会に良い影響を及ぼせるような基盤づくりを」と考えるようになったのです。

――人々の生活基盤をつくりたいと思った場合、
鉄道やガスなどのインフラ業界も選択肢に入ってくるのではないですか?

それは私も考えました。しかしインフラ業界は、すでに存在するものを維持・拡張するイメージが強く、それに対してデベロッパーは、ゼロからものをつくっていける。自分の手で新たなものを生み出しながら、 社会に良い影響を及ぼしたいと思うなら、進むべきはデベロッパーだろうなと。方向性が定まってからは、業界各社のインターンシップに積極的に参加していきました。 

若手であっても
自らの考えに基づいて物事を動かせる環境がある。

――日鉄興和不動産のインターンシップは、全体としてどうでしたか?

東京と九州で、デベロッパーの二つの側面に触れられたのが良かったですね。一つはマンションなどの物件を個別につくり出すという仕事の側面。もう一つは面開発として街全体を計画的につくり上げるという側面であり、 両者の対比が大変興味深かったです。しかしその一方で、双方の職務にはミクロかマクロかの違いがあるだけで、「人や地域に真に必要とされるものを追求する」という精神に変わりはないということも学びました。

――東京で体験したことを具体的に教えてください。

私はマンション開発を行っている住宅事業本部の開発第一部で、実際にお客様が足を運ばれるモデルルームを訪れたり、設計図面を詰める会議や施工関係の会議など、さまざまな打ち合わせに同席しました。
こうした席でとりわけ印象的だったのは、入社1年目の社員の方が広告代理店などを集めた会議で主導的な役割を果たしていたことです。その方は会議全体を俯瞰して、バランスの良い進行を図りながらも、自分自身の考えを堂々と述べ、 まもなくオープンするモデルルームのしつらえやチラシ広告の内容が効果的なものとなるように、修正を促したりもしていました。新入社員でも自らの考えに基づいて物事を動かしていける環境があるというのは驚きで。この会社への志望度がぐんと高くなりましたね。

意欲に燃える優秀なメンバーの熱量が自分にも伝播した。

――若手のうちから、これほど活躍できるとは想像していなかったんですね?

はい。少なくとも私が見た限りでは、新人の方が会議を回し、自らの考えを行動に移しているような企業は、他にありませんでしたから。
思い返してみると、日鉄興和不動産の若手の方は、先輩社員のみなさんとも対等に議論を交わしていましたし、街づくり体感セミナーでお会いした方たちも、人前で話すことに慣れている様子でした。 このように年次が浅いうちから堂々と自信を持って活動できるのは、成長を支援する体制が手厚いからでもあるんでしょうね。

――そのほかにインターンシップで気づいたことや得られたものはありますか?

他のインターン生との交流もかなり刺激になりました。5Daysインターンシップに集まっていた学生は面接などの選考を通過してきただけあって、人間的な魅力も備えた優秀なメンバーばかりでしたし、建築関係の知識が豊富な学生も多かった。 夜一緒に食事をとりながら、全国各地の建物などについて喧々諤々、本音で語り合ったのも忘れられない思い出です。もともと自分も熱量は高いほうだと思うのですが、他のメンバーの熱量やデベロッパーをめざす意欲はそれ以上のものがあり。 「自分もさらに!」と奮起することができたのは、その後の就職活動にプラスだったと感じています。