story 一つとして同じものはない

「いい街にしたい」。一生に一度経験できるかどうかの巨大プロジェクトだからこそ、人々の想いに向き合い、いろいろなことにトライしたい。

赤坂インターシティAIR

赤坂の景色が、変わりつつある。
赤坂インターシティやアメリカ大使館が並ぶ
溜池交差点近傍の赤坂一丁目地区で、
ある再開発プロジェクトが進行している。
そのプロジェクトの名は、赤坂インターシティAIR。
新たな街のランドマークとなり、街の流れを変えることになるであろう
一大プロジェクトを推進している杉山康隆に、
再開発事業に携わる意義を聞いた。

ストーリーの舞台
AKASAKA INTERCITY AIR
赤坂インターシティAIR
東京都港区赤坂
地下3階、地上38階、塔屋1階
延床面積 178,328.01m2
2017年8月竣工予定
新日鉄興和不動産の原点の地で
伝統を革新する再開発事業が始まった

赤坂という場所は、新日鉄興和不動産が都内で初めて賃貸オフィスビルを持った場所であり、まさにこの会社の原点とも言える場所だ。その赤坂で、「赤坂一丁目地区第一種市街地再開発事業」と呼ばれる再開発プロジェクトが立ち上がったのは、2004年のことだった。後に「赤坂インターシティAIR」と名付けられるプロジェクトの一員である杉山康隆は、再開発の背景を次のように語る。
「かつての赤坂一丁目地区は、道路が狭く緑が少ない地区でした。事務所、住宅など37棟もの建物が混在し、しかもその多くは築数十年を経て老朽化して、建替えの必要に迫られていたのです」
しかし、建物が多いということは、それだけ多くの地権者が、様々な思いを持っているということだ。地区に課題が多くても、全体をまとめて再開発を行うには、それだけたくさんの人の思いを取りまとめ、賛同を得なくてはならず、それは容易いことではない。それが、隣接する土地の区画整理事業によって、状況が変わっていく。2005年に竣工した赤坂インターシティだ。目の前の土地で再開発が進む景色を目にして、地権者たちの間に「自分たちも新しいビルに建替えたい」という想いが広がっていく。そして、共同建替えの検討が始まった。

一生に一度の仕事が目の前に
得られるものは、きっと大きいはず

杉山がプロジェクトチームに参加したのは、再開発事業が本格的に動き始めた2012年2月のこと。それまで分譲マンションの開発業務やオフィスビルの営業業務などを経験してきた杉山は、プロジェクトへの参加を告げられた当時をこう振り返る。
「一生に一度は大規模な再開発事業に関わりたいと考えていましたが、そのチャンスが今やって来たんだなと。この事業を通じて得られるものは絶対に大きいだろうと期待でいっぱいでした」
再開発プロジェクトにおけるデベロッパーの業務は多岐にわたる。そして、チームや個人の役割は一定ではなく、プロジェクトのフェーズや状況に応じて、変わっていく。プロジェクト参加当時の杉山の主な仕事は、地権者から再開発事業の合意を得ることだった。約70人もの地権者の対応を、チームで手分けして行っていく。
「70人の方がいれば、70通りの事情があります。再開発の前にビルを手放すという地権者の方もいましたが、そのときには一度新日鉄興和不動産が購入するといったこともありました。今までの開発業務は発注者の立場として自分が主体的に進める仕事が多かったのですが、再開発は相手あってのもの。それが、今までの仕事との大きな違いでした」

多岐にわたる業務に対し、
過去の経験を総動員して挑む

そして、再開発プロジェクトの母体となる「赤坂一丁目地区第一種市街地再開発組合」が設立されたのは、2012年8月。翌年9月には新日鉄興和不動産への権利変換が行われ、ついに既存建物の解体工事が始まることになる。そうしてプロジェクトの状況が変わる度に、杉山の役割も変わっていく。杉山にとって再開発事業は初めての経験だったが、担当する仕事の幅広さに非常に驚いたという。
このプロジェクトにおいて、杉山が担当した主な役割を並べてみると、たしかにその多さに驚かされる。建物を企画検討する施設チーム、再開発組合の事務局運営や権利者の窓口業務を行う再開発組合チームを兼任し、その他の広報活動やオフィスリーシング支援業務までを1人で担当しているのだ。
「並行していくつもの業務を進めていかなければならないので、今までの仕事のやり方では通用しないと痛感しました。それでも何とかやり切るしかない。ただ、初めての仕事や、やりながら覚えていく仕事も数多くありますが、一方で今までの経験を生かせる仕事もあった。苦労しながらも、自分の力が通用するという手触りを感じられたのは、自信になりました」

常識を超えた緑豊かな敷地
建物をつくるだけでは終わらない再開発

赤坂インターシティAIRの完成図を見ると、緑の多さが鮮烈に印象に残る。六本木通り側に高層棟が建ち、その奥は実に5,000m2以上もの広大な緑地が広がっているのだ。都心の一等地にありながら、自然に満ちた解放感が感じられる。
「普通は建物が敷地の中心にあり、主役になります。従来の開発では緑地は建物の周囲に配置されることが多いでしょう。ですが、赤坂インターシティAIRはまったく違う。1.6ヘクタールもの敷地があったからこそ、思い切ったことができたのです」
杉山によれば、赤坂インターシティAIRは、建物をつくっただけで完結するプロジェクトではない。地域との関係性を模索していくことが方針としてあり、赤坂・虎ノ門緑道構想を基に将来的には虎ノ門ヒルズに向かう通りを緑道に整備していくことも予定されている。民間主導で、街の在り方を変えていこうとしているのだ。
「構想があっても実現しなければ意味がありません。私はもともと建築上がりで、これまでも開発に関わる仕事を経験してきましたが、プロジェクト毎に何かを実現させようといろいろ考えることに仕事の面白みを感じています。とりわけこの規模のプロジェクトは一生に何度も経験できることではありませんから、できることは今やるしかない、と思うことが自身のモチベーションになっています」

正解のない世界で
試行錯誤するから面白い

竣工までの期間が長い巨大プロジェクトとは言え、報われる瞬間、達成感を感じられる瞬間はプロジェクト途中でも少なくない。「まだプロジェクトの最中ではありますが、この仕事をやっていて良かったと思える瞬間はいくつもあります」と杉山は語る。
「再開発事業では、人と向き合う場面が数多くあります。私は事務局の運営業務も担当しているのですが、竣工後に住宅に入居する方の間取りを検討するときには、1人1人個人面談を行いました。図面検討やショールームへの見学会等を通じて、完成が楽しみという声を直接いただいたときは、やはり嬉しいものですね」
しかし一方で、再開発事業は多面的な要素を持っている。関わる人の全員が満足できる、完璧な答えが簡単に見つかるわけではない。
「再開発事業は、綺麗ごとでは終わらない仕事です。ときには地権者の方と意見が食い違うこともあります。ですが、そういう場合もあるからこそ、こちらも様々な目線・視点で考えるようになるんです。そして、お互いが納得できるポイントを見つけた上で合意に至ったときには達成感を覚えますし、苦労したぶん思い出として強く残ります」

「いい街にしたい」という想いが
杉山を突き動かしていく

建物を大通り側に寄せて敷地中央に広大な緑地を整備する。紋切り型ではなく、地権者ごとに真摯に対応する。しかし合理性や効率性を重視すれば、おそらく他のやり方もあったはずだ。それなのになぜ、杉山たちは他のデベロッパーが選ばないであろう道に踏み込むのか。
「今回に限らず、それが新日鉄興和不動産のやり方ですから。例えば地権者の方1人ひとりと向き合うことで、その人が何を望んで何を不安に思っているのか、個々の立場に立って考え応対することで信頼関係を築くことができる。紋切り型で進めていると、最初はうまくいっているように見えても、本当に核となるところで止まってしまうこともある。地権者の方に建替えという一大決心をしてもらうためには、日頃から1人ひとりと真摯に向き合うことで、信頼関係を構築していくことが大事なんです」
それが、新日鉄興和不動産のこだわり。杉山たちがこだわり抜く理由。小さな信頼の積み重ねが、人の気持ちを動かし、再開発事業を前に進めていく。2017年の竣工を控えた杉山に、竣工後の赤坂インターシティAIRにかける想いを尋ねてみた。
「いい街にしたいんですよね。緑地や緑道に始まり、店舗、医療施設、会議施設などが集まって、働く人・住む人・訪れる人、いろいろな人が居心地良く過ごせ、ふらっと立ち寄れるような場所にしたい。作って終わりではなく、完成後の建物の運用を見据えた準備を進めて行きたいと考えています」

赤坂インターシティAIR
武蔵浦和 SKY&GARDEN
大津・勝原地区開発 ブルームガーデンのぞみ野
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